本間るみ子の美味しいモノがたり
チーズで巡るロンバルディアの旅Vol.3
2024年04月09日投稿
3日目(2023年9月14日)は自然農法と絶対菜食主義にこだわりを持つワイナリーのクワードラ・フランチャコルタ・クワードラ(Quadra Franciacorta Franciacorta)を訪問。Giovanniさんが私たちの到着を待っていてくださいました。ぶどう畑を見学したあとはカーヴの見学とテースティング。
フランチャコルタが誕生したのは1960年代。経済成長期でフランス料理ブームがあったころだと言います。70年代はイタリアワインの変革期。多くの起業家が参入し、栽培面積が拡大しました。Quadra社が設立されたのは2002年。畑は自然農法によるぶどう畑を目指し、畑も醸造所も科学的な添加物や動物性由来の物質を一切使っていません。ワイン通が揃ったメンバーの熱心なこと! 仕上げに心地いいテラス席でランチを楽しんでワイナリーを後にしました。
■ノストラーノ・ヴァルトロンピア(Nostrano Valtlompia)
次はノストラーノ・ヴァルトロンピアの熟成庫を目指します。日本ではもちろん、イタリアでも知られていないチーズ「ノストラーノ・ヴァルトロンピア」。ノストラーノは「我々の(俺んちの)」という意味です。
トロンピア渓谷で俺んちのチーズをつくっていた人たちは、それぞれのお家のレシピがあったと思います。しかし、そのレシピもきちんと残さないと将来がないと考えた生産者が集まって協議して、DOP(原産地保護呼称)に申請したのが2002年のこと。2012年に認証がおりたときはどんなに嬉しかったことでしょう。
そんなことを想いながら初めて訪ねたのは2014年9月です。ということはもう10年も前のことです。当時、標高700メートル、急斜面の牧草地が広がるトロンピア渓谷の小さな工房を訪れた時はまるでタイムスリップしたかのような印象でした。


トロンピア渓谷
工房を示す看板。Cascina Fulú 標高は705mとあります



ブラウンスイス牛が迎えてくれました
火にかけられた銅鍋は私たちの到着を待っていてくれました。銅鍋の前に立つのはマウロさん。ちょうど良い温度に達したら、火から離してサフランと凝乳酵素を加え、「ロテラ」と呼ぶヘーゼルナッツの棒でかき回して静置。この棒がスターターの役目、つまり乳酸発酵を促していると知り、驚いてしまいました。サフランはヴェネツィアに支配されていた頃は高級品とされ、チーズに入れることで高収入を得られたのだといいます。
凝固したかどうかを確かめるのは、木製のお皿のようなものを垂直に立ててみて、倒れないようならオーケー。やはりこの皿もカエデ製。こういった道具はほとんど昔か変わらないようでした。
カードを均一にカットしたら再び火にかけ、30分かけて48~50℃まで温度を上げると、火から離して静置します。カードが鍋底に沈む間、熟成庫を案内していただきました。
鍋の前に立つマウロさん
火にかけられた細長い銅鍋は北イタリアの特徴です

サフランを入れてヘーゼルナッツの棒でかきまわしてから静置

カードが凝固したかどうかはお皿を立てて入れ、倒れなければOKです
カードは丁寧にカット攪拌していきます






カードをカットしたら再び火にかけて48~50℃になったら火から離して静置
凝固する間に熟成庫を案内していただきました
熟成庫の外は薪が積み上げられています
工房から見える景色に癒されます
心配そうに見守るマウロさんのお父さん
いよいよ、鍋の底にカードを集めて、丁寧にひとつにまとめて引き出して型にいれる作業です。銅鍋はまだ熱いと思いますが、慎重にカードを集めてホエーを抜きながら平たい桶にいれたあと、すぐに木製の枠に入れます。
型から抜くのは、側面に文字がしっかりついてから。熟成庫に移し、表皮にマジックペンで1月1日から数えた数字を大きく書くことでいつ製造したかわかるようにしているのです。
DOPの規定の最低熟成期間は12ヵ月! おいしいのは1年半から2年ものだといいます。チーズの乾燥を防ぐために熟成中に表皮をヤスリで削り亜麻仁油を塗ってツヤを出していきます。このとき、マウロさんのような生産者はたった7軒と聞きました。それでもいつかは共同の熟成庫をつくりたいと話していたことを思い出します。


鍋の底にカードを集めて、ひとつにまとめて引き出して型にいれます


ホエーが抜けたら木枠の型にいれます

搾乳した乳を静置しておきます。上に浮いたクリームでバターを製造
濃厚なバターになりそう!

2014年に訪問した時、マウロさんは40歳でした
■共同熟成庫は元鉱山
2017年、新しく生まれたノストラーノ・ヴァルトロンピア組合は、ロンバルディア州から受け取った資金を元にパルマ大学食品医薬品学部の委託を受けて、トンネルを利用した熟成をスタートしたといいます。
案内くださったのはファースト・カバッリさん。鉱山なのでヘルメット(プラスティック製!)をかぶってください!とニコニコと嬉しそう。
鉱山の歴史は1892年に遡ります。グラスゴーに拠点を置く英国の会社によって発足したものの、1893年に銀の価格が暴落したため、採掘を中断。鉱山労働者など500人以上の労働者が職を失ったといいます。一方、鉱山に残されていたトンネル約200メートルを熟成庫にしようと考えたといいます。
10年前は7軒だった生産者はいまでは5軒。しかもそれぞれ、10~30頭の牛を飼う小さな酪農家です。1個のノストラーノを製造するために250リットルのミルクが必要ですから、毎日製造するには乳量が足りません。そのため、3~4回の搾乳分を混ぜて使用することが許可されています。それでも年間生産量はたった500個! 平均すると1軒で年間たった100個です!
トンネルで熟成させるかどうかは、任意だそうですが、全員ここに預けているそうです。
熟成中、10~15日おきに亜麻仁油で表皮を磨くことで表皮はピカピカに輝くようになるのです。見学後にいただいたノストラーノは余韻が長く、バランスがとれた深い味わいでした。
小さな公園の奥に鉱山のトンネルがありました
熟成庫の入り口
プラスティックのヘルメットをかぶって中に!
チーズが眠っているのはこの先のようです
亜麻仁油を塗ってピカピカに輝いています
案内してくれたカバッリさん
近くには小さな村。一軒だけカフェがありました
チーズで巡るロンバルディアの旅Vol.2
2024年01月30日投稿
2日目(9月13日)はカザリゴーニ(Cas‘Arrigon もとアルゴーニ社)へ。案内は営業&広報担当のアデーレです。
実は、私はそれまでタレッジョはサッシナ渓谷の洞窟熟成が最高だと思っていました。ところが1997年9月、第1回目のブラ祭りで、タレッジョ渓谷で熟成したタレッジョがあることを知り衝撃。さっそくそのタレッジョと対面しようと訪れたのが1998年。それ以来アリゴ―ニ社とは四半世紀の長い付き合いです。
■カザリゴーニのチーズ工房「サンタントニオ・ヴァル・タレッジョ (St. Antonio Val Taleggio)」へ
工房ができてからちょうど30年。この日、私たちを迎えてくださったのはアルトゥーロさんです。以前の訪問時から比べてショップは広くなり、カフェが併設されていました。 濃厚なヨーグルトとカフェをいただいたあとはゴルゴンゾーラの原型と言われるストラッキトゥン(Strachitunt)の見学です。ゴルゴンゾーラはもともとストラッキーノ・ディ・ゴルゴンゾーラという名前だということは知られています。現社長のアルバーロの努力のおかげで2014年にDOPに指定されました。無骨でカビが均等にはいっておらず、イタリアでも知らない人が多いのは仕方ないかもしれません。
工房ではカードのカッティングをしているところでした。カットを終えて攪拌をしてヘーゼルナッツの大きさになったら、となりのバットに入れてホエーをあらかた抜いたところで、いよいよ型詰め作業です。
型に出来立てのカードを入れたら、昨夜の冷たいカードを適当にとって入れて、その上に温かいカードをいれる作業を繰り返します。カードが冷めないように、スピーディに作業することが重要です。そのため、手袋をしていては感覚がつかめないから素手で行っているとのこと。あっという間に型入れが終わり30~45分後には反転、翌日には商標を入れて、加塩をこすりつけて6日間寝かしていきます。
アルトゥーロさんはお金をもらって筋トレしていると楽しそうに笑ってプロセスを丁寧に話してくれました。チーズ通たちのために珍しいストラッキトゥンの製造を見せてくれたことに感謝しなればなりません。
楽しい見学後はお買い物タイムです。店頭は無殺菌乳製タレッジョなど気になるチーズが揃っていました。
新しくカフェスペースができました。
カフェとヨーグルトを食べながら景色を堪能
販売コーナーは夏のアルペッジョのタレッジョも並んでいます。
凝固したカードをスパンナローラ(大きな銅のお椀)で大きめのカードにカットしたあと10分ほど休ませてから
ワイヤーで大きめにカットして5分休ませます。
この状態で試食させていただきました。
おいしい!

カードの状態を確かめてから型入れされます。
柔らかかったカードの上に膜ができたような状態になります。

カードをバットに移す作業はスピードが勝負です。

温かいカードに前日の冷たいカード一握りを2回。
その割合は人それぞれ。ひとつずつ違うチーズになるんだよ、とアルトゥーロさん。
型入れが終了!お疲れ様でした。
■チーズ農家 LOCATELLI GUGLIELMO&COに立ち寄って
今もアルペッジョでチーズを製造するロカテリ一家。80頭のブルーナ・アルピーナ牛はまだ山の中。もう10年以上経ちますが、グリエルモ・ロカテリさんのアルペッジョを訪ねたことがありましたが、あの日のことを思い出して懐かしくなりました。
3代目のマルコさんに牛舎を案内していただき、牛たちと写真撮影!牛舎に残されているのは未経産牛ですが、大事にされていることがわかります。牛たちにたっぷり癒されてカザリゴーニ社に向かいました。

小雨が降りだしました。牛たちは雨やどり。
牛舎の牛たちは私たちに興味津々
アデーレは話をしているみたい。
自動給餌機が優れていてびっくり。
ロカテリ家の熟成室に並ぶタレッジョ
■カザリゴーニ(Cas‘Arrigon)
私たちの訪問を待っていてくれたのは、社長のアルバーロと、工房で仕事をしている妻のティナでした。
オフィスはモダンでセンスの良さは驚きます。午前中の作業が終わらないうちに作業室を見学です。
カザリゴーニのタレッジョの外皮はオレンジ色。しっとりと濡れて、中は柔らかくむっちり。塩味が控えめで、ほどよい酸味があり余韻が長く多くのファンがいます。おいしさの秘密は徹底的に磨き作業にこだわり、手間暇をかけているからだと思います。
二人が一組になり、チーズをお湯で丁寧に洗うというよりブラシでリズミカルに擦っていきます。かつては素手で行っていた作業は、EUの衛生管理でビニール手袋が必要になりました。ロットごとに手袋を変えるため、ごみ箱にはビニール手袋が山積みに捨てられていました。美しく磨かれたチーズは布を敷いた木箱に8個ずつ入れて熟成庫に運ばれます。熟成庫の湿度は80~85%ですが、微調整は布の役目です。取り換えは1週間に1度といいますから、洗濯も大仕事です。
ちょうどお腹が空いたところで、ランチタイムとなりました。
カザリゴーニ社
モダンなオフィス
タレッジョを入れていた箱はパンフレットが入っています。
「タレッジョをブラッシング(擦る)作業はペアでリズミカルに!(動画)」お湯で丁寧に擦っていきます。
仕上がったチーズは丁寧にチェックして包装されます。作業しているのはティナの弟マルコ
■チーズたっぷりランチ
ランチはパンとチーズとプロシュート&サラミがたっぷり。DOPを持つクワルティローロ・ロンバルド、サルヴァ・クレマスコ、ストラッキトゥン。そして昨年開催されたワールドチーズアワードでスーパーゴールドを受賞したロッコロやトリュフ入りチーズなど、食べ放題!ワインと合わせて話も弾みます。
チーズ好きのメンバーばかり。
ティナもアルバーロも大喜びです
チーズ持ち込みのランチ
左から社長のアルバーロ、妻のティナ、娘のアデーレ
■カサ・デル・ベルガモ
食後は空き家になったティナのおじさんの家を改築した「カサ・デル・ベルガモ」を見学。昔の道具が置かれた部屋、熟成庫もあり、モダンなキッチンがあり、センスの良さに唸ってしまいました。
美しい景色に癒されます。
カサ・デ・ベルガモ
昔のチーズ製造の様子
熟成庫にあるのはホンモノのチーズ
冷蔵設備のない条件で熟成状態をチェックしています。
美しい自然のカビが生えていることを確認!
チーズで巡るロンバルディアの旅Vol.1
2023年11月11日投稿
コロナで海外が遠ざかっていました。1997年に北イタリアのブラの街でスタートしたブラ祭りのBRA CHEESE。隔年開催されていて、1999年と2021年の2回こそいけなかったものの、11回も行ったことにいまさらながら驚いています。
ここで、イタリアのチーズはもちろん、ほんとうにいろいろな出会いがありました。そんなブラ祭りに合わせて、ツアーを開催。チーズ好きな人たちとの旅は楽しく、思い出がいっぱいです。
今年2023年9月、4年ぶりのイタリアの旅は、ブラ祭りに入る前にちょっと寄り道。
4年前(2019年10月)、ベルガモで開催されたWORLD CHEESE AWARDS(以下WCA)で出会ったチーズ工房「Caseificio La vialatteria」の訪問からスタートです。
年開催されているWCAはアルティザンチーズを多くの人に知って欲しいと1988年に始まりました。その後、規模はどんどん拡大して世界中のチーズ関係者が集結する大きなイベントになりました。2019年のスポンサーは、イタリアはロンバルディア州のベルガモ市でした。ベルガモ周辺にはチーズ会社が多く、展示会場で出会ったのが Vialatteriaです。今回は念願の訪問になりました。
ミラノから近いため、予定より少し早めの到着でしたが、ロレンツォは私たちの訪問を心待ちにしていてくれました。美しくカットされたフルーツは、見学前のおもてなし。でも、積み上げられた私たちの名前入りの箱を見ると、何が入っているか気になってしまいます。
と、そのBOXをあけてみると、なんと中には工房に入るためのビニールコートと帽子と靴カバーが入っているではありませんか。マーケティングを担当するロレンツォのアイディアはさすがにあっぱれです。
チーズ製造はロレンツォのご両親ロベルトとヴァレンティナが担当。息子のロレンツォは営業とマーケティング担当です。
フルーツをいただきながら、家族の歴史やいま挑戦中のことなどお話を伺いました。アイスクリームの製造を1989年に始めたというロレンツォのご両親、ロベルトとヴァレンティナは事業が軌道にのったところで、改めて2002年にチーズメーカーとしてスタートしたそうです。山羊乳製チーズが好きだからとフランスで基本的な製法を学んだものの、枠にはまるのが苦手という二人は2008年からオリジナルの山羊乳製チーズを発表していきます。
ミルクは近隣といっても10Kmほど 離れた2軒の農家に取りにいきます。この時期は1年のうちでもっとも少ない時期とはいえ仕込みは200リットル。季節感があるチーズであるうえに、リクエストに応えてつくるチーズもあるため種類は多く、その数150種類以上だと聞き、驚いてしまいました。
この日はビール入りの山羊乳チーズ「エレティコ」の製造を見学させていただきました。
私たちの到着を待って、乳に少し濁った地ビールを入れて火にかけ、34℃になったところで子山羊のレンネットを添加します。凝固を待つ間は、チーズの試食タイム!
ロレンツォさんが次々とカットして持ってきてくれるいろいろなチーズを、メモしては試食、と忙しいこと!チーズを型に流して作業が終了するまでしっかりと見せていただけたことに感動でした。
そもそもチーズ製造が好きで始めたとはいえ、休憩を挟んであと2種類のチーズを製造するというのですから好きこそ上手なれ、ですね。
カードカット
カードの型入れ
カードの反転
この日のサプライズは、ロレンツォが用意してくれた船上のランチタイム。ここでもチーズを数種類試食したはずなのに、美しい景色に癒されてすっかり夢心地。気がつくとメモもない状態でした!